これこそ対話が、勧誘・宣伝に転落する瞬間。 RT @ujikenorio: 本来、宗教は、多様な言語を駆使する可能性を豊穣に備えた人間の現象なんです。しかし維持が目的となってしまった時、排除の構造と保全機能が全面に出てしまい多様な言説空間が排除されてしまう。
— 小野不一さん (@fuitsuono) 2010年8月30日
プロパガンダは人間を手段化する。宗教者の言説がいかがわしいのは、布教という目的をひた隠しにしながら美辞麗句を連ねるためだ。猫がネズミを窺うような視線で対話などできるわけがない。