仮に真理を言葉にすることができたとしても、言葉そのものは真理とはならない矛盾。翻訳されたものは原文に非ず。コミュニケーションの不完全性。それでも人と人との心が通じる不思議。 RT @ujikenorio: 難しいものは難しい表現に成らざるを得ないものだ…
— 小野不一さん (@fuitsuono) 2010年8月25日
言葉の本質は翻訳機能にある。言葉というシグナル――あるいはシンボル――を双方が手繰り寄せながらコミュニケーションは成り立つ。つまり言葉は手段なのだ。それを不変の教義に仕立てあげたところに啓典宗教の欺瞞がある。日蓮が経典を重視したのは、印刷技術のない時代において法論(=対話)の土壌をつくるためであったと思われる。
・宗教には啓典宗教とそれ以外の宗教がある/『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹