2022-03-09

諫言の人・晏嬰〈あんえい〉

『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
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 ・政情不安
 ・諫言の人・晏嬰〈あんえい〉

『子産』宮城谷昌光
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『孟嘗君』宮城谷昌光
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 蔡朝〈さいちょう〉は慎重な言葉づかいで「このたび、御尊父は将軍になられた。そこで、ご嫡男であるあなたは、留守中はどんなことに心がけなさるのか」と問うた。この時、晏嬰〈あんえい〉は10歳である。

「君公のご安寧を念じております」
 晏嬰〈あんえい〉の声の大きさに、蔡朝〈さいちょう〉はおどろいた。蔡朝ばかりではない、南郭偃〈なんかくえん〉も目をみはった。
「君公の……、ふむ、それから」
 父が戦場にいるときでも、まず君主のぶじを祈るという晏嬰〈あんえい〉の心の姿勢に感心した。蔡朝は、かれにしては優しい声を出した。
「父上のご安寧を念じております」
 と、晏嬰〈あんえい〉はいった。
「嬰〈えい〉どの、それは、ご武運ということでは、ありませんか」
 と、割り込むように南郭偃〈なんかくえん〉がいった。その声にするどさがある。童子に語りかける口調ではない。
 晏嬰〈あんえい〉ははっきりと首をふった。
「いいえ、次に斉(せい)の民、すなわち兵の安寧を念じます。莱(らい)の民も安寧でいてもらいたいと思います」
「ほほう、すると、ご尊父の征伐は、なりたたない。なりたたなければ、なんのための将軍か、ということになりませんか」
 蔡朝〈さいちょう〉はこの童子との問答に気を入れた。
 晏嬰はつぶらな瞳(ひとみ)を蔡朝にむけたまま、小さな口から大きな声を放った。
「将軍はもともと君公にかわって蒙昧(もうまい)の民を正す者です。正すということは殺すこととおなじではありません。正さずして殺せば、遺恨が生じます。遺恨のある民を十たび伐(う)てば、遺恨は十倍します。そうではなく、将軍は君公の徳を奉じ、君公の徳をもって蒙(くら)さを照らせば、おのずとその地は平らぎ、民は心服いたしましょう。真に征すということは、その字の通り、行って正すということです。どうして武が要りましょうか」
 蔡朝は目を細めた。

【『晏子』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1994年/新潮文庫、1997年)以下同】

 言葉の正しさが鞭となって私の背中を打ち、涙まで催させる。配下の二人は父親の心情を勝手に慮(おもんぱか)って子を試している。だが少年晏嬰〈あんえい〉にそうした技巧の陰は微塵もない。

 晏嬰は生涯にわたって小さな体から大音声を放って君主を諌め続けた。管仲〈かんちゅう〉と並び称される名宰相(さいしょう)である。孔子子産〈しさん〉、伍子胥〈ごししょ〉と同時代の人物。父・晏弱〈あんじゃく〉は武勇に秀でた大将軍であった。

 本書の白眉は「牛首を懸けて馬肉を売る」(羊頭狗肉)の件(くだり)である。「恐れながら申し上げます」との溌剌(はつらつ)たる声が今尚、私の心に余韻を残している。諫言は容(い)れられなければ死罪になることも珍しくはなかった。つまり命を懸けた行為であった。

 幼い晏嬰の言葉は賢(さか)しらが過ぎるように思えるが、諸子百家の誕生を思えば言葉と脳細胞が初期宇宙の如くインフレーションを起こした可能性があるように感じる。

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