PS0 パラダイムシフトについて考える連続ツイート。PSの意味については、概念の劇的変化・常識革命としておく。意気込みとしては「脳内OS革命」。人は自分というフィルターを通してしか世界を認識できない。外なる進歩主義から内なるパラダイムシフトへの移行が、真のポストモダンであると思う
— 小野不一 (@fuitsuono) September 1, 2010
PS1 離婚した女性に対して私は必ずこう言う。「結婚に失敗したって思ってるだろ? でも考えてごらんよ。何十年も前なら絶対に離婚はできなかったはずだ。女ってえのあ幼い時は親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うなんて言うからね。結局のところ離婚に成功したんだよ」と。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 1, 2010
PS2 「あ、そうか!」となった瞬間に脳内の回路は切り替わっている。ま、変わらない人もいるんだけどさ(笑)。同じ事実であっても、結婚に失敗したのと離婚に成功したのでは180度異なる。既成概念、固定観念に束縛されている人ほど、ものの見方が変化しにくく、ファシズム的正義感を振りかざす
— 小野不一 (@fuitsuono) September 1, 2010
PS3 中世のキリスト世界観はエルサレムを中心に、欧州から遠く離れた国々には化け物が棲んでいると考えられていた(化物世界誌)。ゆえに地球の裏側に人がいるという説(対蹠面〈たいせきめん〉説)は否定された。これを引っくり返したのがマルコ・ポーロとマゼランであった。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 1, 2010
PS4 マルコ・ポーロは13世紀、マゼランは16世紀に航海をした。そしてこの間に登場するのがコペルニクスの地動説だ。弾圧を恐れたコペルニクスは晩年まで出版の決意が固まらなかった。出版直後に死亡。異端審問・魔女狩りの嵐が吹き荒れる時代であった。教会は怒り狂った。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 2, 2010
PS5 17世紀前後に二大スターが登場。ガリレオとケプラーだ。1597年、ガリレオはケプラーへ宛てた手紙に「地動説を信じている」旨を記した。望遠鏡を自ら製作。その筒先を天体に向けたのはガリレオが初めてだった。1616年に第1回異端審問。地動説を撤回し、晩年は軟禁生活を強いられた。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 2, 2010
PS6 ケプラーの第1、第2法則が発表されたのは1609年。惑星の楕円運動を明らかにした。それまで完全なる神は完全なる運動(円運動)を造るはずとされていた。ガリレオですらそう思っていたのだ。ケプラーは神に一撃を食らわせた。更にこの法則は地動説を強力に支えた。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 2, 2010
PS7 ケプラーの母親は異端審問にかけられ魔女と認定された。70歳で逮捕されてから、6 年後奇跡的に釈放された。ケプラーが第3法則を発表した時、母は囚われの身であった。ガリレオも魔女狩りに屈した。千年以上支配してきたキリスト教の古い常識は暴力に転じて、12~19世紀を蹂躙した。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 2, 2010
PS8 ここまで見てきてわかるように、パラダイムシフトとはキリスト教的世界観の段階的崩壊を意味している。ここが日本人には理解し難いところ。また、キリスト教の対立概念志向は、かの宗教が砂漠から生まれたことに起因していると考えられる。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 3, 2010
PS9 じゃあパラダイムシフトってのはヨーロッパの専売特許なのか? 御意。世界を創ったのが神かどうかは知らないが、世界観をつくったのはキリスト教だ。そこから総合的な知の体系も築かれた。中世において学術界をしきっていたのは教会だ。教会が本を保有していたため科学者は皆神学者であった。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 3, 2010
PS10 ガリレオが没した1642年、超弩級のエースが誕生する。アイザック・ニュートンその人である。空前絶後の天才。数学、物理学、天文学、神学で業績を残した。20代前半の1年半で微積分法、万有引力の法則、光と色に関する理論という、三つの大理論の端緒を発見している。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 3, 2010
PS11 ニュートンの時代、世界は月の上と下とに分かれていた。星々は神格化されていた。天上と地上は別原理で動いていると考えられていた。ニュートンは、月の衛生軌道とリンゴが木から落ちる力が、同じ法則によって支配されていることを明らかにした。あらゆる物体は引き合っていた。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 4, 2010
PS12 ニュートンは絶対空間、絶対時間で力学を捉えた。しかしながら、ニュートンの運動法則は空間内の絶対的位置という概念にとどめを刺した。宇宙の姿は不変であると考えられていたものの、人類の視点は宇宙に向けられた。天に神は存在しなかった。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 4, 2010
PS13 だがニュートンやガリレオといった巨人ですら尚、神の子であった。神が創造した世界の原理を解明することが彼等の目的だった。ニュートンは錬金術師でもあった。ケインズは「最後の魔術師」と評した。それでも観測された事実の数々が確実に神の足を引っ張っていた。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 4, 2010
PS14 1887年、マイケルソン・モーリーの実験によって光の正体が一つ明らかとなった。光の速さは進行方向に依存しないことが確認されたのだ。時速50kmの車同士がすれ違う時、互いの車の中からは相手が100kmで動いているように見える。ところが光にはこれが通用しないことが判明した。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 7, 2010
PS15 光はどの方角から発せられても秒速30万kmなのだ。これをニュートン物理学で説明することは不可能だった。実験結果に矛盾があれば、そこに新しい理論が求められる。そこで立ち上がったのが若きアインシュタインであった。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 7, 2010
PS16 アインシュタインは「光速度は不変である」という事実から思考した。それまで速度は距離÷時間で示されていた。とすると距離と時間を変えるしかない。彼はそれをやってのけた。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 7, 2010
PS17 アインシュタインの特殊相対性理論が示したのは、距離(長さ)と時間は絶対的なものではなく、観測者の位置によって異なることだった。ニュートンの物理学では説明できなかったことが説明できるようになった。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 15, 2010
PS18 特殊相対性理論は空間と時間の絶対性を完膚なきまでに破壊した。観測者の運動状態によって空間と時間は変化するのだ。中心軸は失われた。神は存在しない。存在するのは観測者の知覚であり、それこそが自我である。つまり自我の数だけ異なる世界があるのだ。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 15, 2010
PS19 神と人との相対性を考えてみよう。神が絶対性を意味するならば、それは依存する関係となる。つまり依存の度合いに応じて神は強大な像を結ぶのだ。そして依存は隷属を促す。クリスチャンは教会に、牧師に、聖書に隷属している。その反動が帝国主義を生んだのだろう。#izon
— 小野不一 (@fuitsuono) September 15, 2010
PS20 私は身じろぎもしないで大地に立つ。しかしその大地(地球)は時速1670kmで自転し、更に時速10万7000kmで太陽の周囲を回っているのだ。そして太陽は天の川銀河系を回り、局所銀河群を回り、乙女座銀河団を回り、乙女座超銀河団を回る。1億光年という大きさだ。
— 小野不一 (@fuitsuono) September 15, 2010
・パラダイムシフト
・宗教OS論の覚え書き
・コロンブスによる「人間」の発見/『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世
・魔女狩りの環境要因/『魔女狩り』森島恒雄
・善と悪の相対論~量子論的アプローチを試みる