2019-02-13

創共協定は「共産党を10年間黙らせる協定」

 歴史を知れば知るほど創価学会の手口が左翼のパクリであったことが見えてくる。ま、有り体に申せば日蓮はプロテスタントで創価学会は日本共産党と同じ立ち位置に存在するといってよい。日蓮のテキスト主義が活版印刷以前に行われた点は瞠目に値するが、経文に依存することで悟りから離れる矛盾を解消できない。そこに私は日蓮の密かな大衆不信を感じる。要は「考えるな」と言っているわけだから。折伏という布教法もキリスト教の宣教と極めて酷似している。「相手がどうあろうとも一方的に説け」というのだから今や創価学会よりも顕正会の方が日蓮に親(ちか)しい。創価学会に対して共産党はやや凋落(ちょうらく)気味に思われる。例えば2017年の衆院選の比例得票率を比較すると公明12.51%:共産7.90%である。この差は確かに大きい。しかしながら旧社会党勢力が民主党を経て野党に散らばり、なかんずく得票率19.88%の立憲民主党には極左議員が存在する。一方、公明票に占める非創価学会員の割合は20~40%程度と思われる。つまり創価学会 vs. 左翼という構図で見ればさほど遜色はないのだ。少し目を凝(こ)らせば社会には一定数の第三勢力と反対勢力が存在するという程度の事実が浮かび上がる。

 鎌倉時代の天皇の位置を私はよく知らないのだが、日蓮が天皇批判をしていないところを見ると、彼が行ったのは一種の政治改革であって革命ではなかったのだろう。扇動的な言論闘争にはテロリズムの色彩を感じるが、国家を土台そのものから引っくり返そうと企図したわけではない。神道に対しても既成仏教ほどの批判を加えた形跡も見られない。その日蓮を報じる創価学会が池田の代となり左方向に舵を切った。

池田「牢に入っていた人間は強い。初代牧口会長がそうで、反権力で闘った。その次の戸田城聖会長から右寄りになった。自分がその軌道を左寄りに修正した。人間は牢屋に入らないとダメだ。その点、宮本先生を尊敬する。これからは兄弟のつき合いをしよう」

【『作家の手帖』松本清張(文藝春秋、1981年)】

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 宮本顕治を「先生」と呼んでいるが、実は会談直後から池田は宮本をこき下ろしている。創共協定の連絡役は志村栄一が務め、交渉は野崎勲が担った。その野崎が次のように語っている。

矢野●いまでも強く印象に残っているのは、秋谷さんと一緒にうちに来たとき、野崎勲君が僕に「矢野さんは、池田先生の政治的天才を信じないのか」と何遍も言ったことですね。(中略)
 創共協定は、池田さんの政治的天才によって共産党を10年間黙らせる協定なんだ、と言っていた。

【『創価学会 もうひとつのニッポン』島田裕巳、矢野絢也(講談社、2010年)】

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 ここは熟考を要する。当初からそうした目的があったとすれば天才的な謀略である。だが私はそうは思わない。創価学会側から松本清張に働きかけたのは1974年(昭和49年)である。池田が目論んだのは言論出版妨害事件のダメージを払拭する話題作りだったのではないか。

 公明党の竹入・矢野は直ちに反発した。当然である。日本共産党と手を組むことは国家破壊に与(くみ)するも同然なのだから。ところが政治的には素人同然の創価学会は左翼全盛の風潮にあって国家意識を完全に見失った。公安もマークし、警察も反応したことで創価学会は変節する。「10年間黙らせる協定」とはこの時考えついたものだろう。

 一方の共産党側はどうか。『「創共協定」とは何だったのか』(2017年)を読むと今もなお純粋に当初の目的を信じている人々が存在する。世俗にまみれた創価学会とは正反対だ。


 時の経緯を見れば創価学会の体質が窺える。1965年、わずか4日間(1965年10月9~12日)で正本堂供養355億3600万4309円を集めたことが創価学会の慢心となった。そして言論出版妨害事件(1960年代末~70年代)を起こす。会員を焚き付け書店はもとより取次業者にまで圧力をかけ、著者には殺害予告の手紙が多数寄せられた。挙げ句の果てには田中角栄自民党幹事長に著者の懐柔を依頼し、失敗しても尚、「法難」と言ってはばからない。まさに犯罪者が被害者面をしているのである。その後、創共協定を結ぶも直ちに頓挫する。続いて供養を僧侶から奪って自分のものにしようと試みて細井 vs. 池田紛争が起こる。前後して月刊ペン事件が起こると、今度は笹川良一に仲介を依頼した。

 都合よく右に付いたり左に付いたりしているだけのことである。1970年代に行った富士桜墓園の土地買収と地上げでは汚れ仕事を後藤組に依頼している。

憚(はばか)りながら
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 学会本部に税務調査が入った際は竹下登元首相に動いてもらっている(『乱脈経理 創価学会 vs. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也)。

 そして恐るべきことだが創価学会はこうした恩人を常に裏切り続けてきた。その打算こそが創価学会発展の原動力なのかもしれない。

 創価学会・公明党は左翼が掲げた平和主義・護憲を現在に至るまで堅持している。もはや与党内左翼といってよい。