斧節【onobushi】
混ぜるな危険
2013-01-20
信仰熱心な者となることを自らに課す人
信仰熱心な者となることを自らに課す人は、宗教指導者や組織の言いなりになってしまいがちである。それは決してその人に与えられた〈いのち〉を生きているとはいえず、むしろそれを失っているのである。自らの〈いのち〉を喪失し、他者の〈いのち〉を奪うことに無頓着になってしまうのは、ある意味当然のことである。
【『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』上村静〈うえむら・しずか〉(岩波書店、2008年)】
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信じやすい性質
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