2014-05-24

「先輩からの手紙」に思うこと 5

先輩からの手紙
「先輩からの手紙」に思うこと 1
「先輩からの手紙」に思うこと 2
「先輩からの手紙」に思うこと 3
「先輩からの手紙」に思うこと 4
・「先輩からの手紙」に思うこと 5
「先輩からの手紙」に思うこと 6
「先輩からの手紙」に思うこと 7
「先輩からの手紙」に思うこと 8
「先輩からの手紙」に思うこと 9
「先輩からの手紙」に思うこと 10

『先輩からの手紙』(4)」では日本仏教(平安~鎌倉仏教)に巣食う本質的な問題が提示されている。私流に言い直すと、大乗思想(大衆部)と密教性をどう捉えるかというテーマだ。「御本尊は禅定の指標」であったとしてもマントラ復唱と禅定の整合性がとれない。そして禅定を語る人が創価学会には一人もいない。つまりマンダラは幸福製造機(戸田城聖)であって、苦からの解放(自由)を説いたブッダの教えとは別物と考えられよう。これが「煩悩論を掘り下げて理解していなかった」結果であり、法よりも人に重きを置いて外道化(個人崇拝)せざるを得なかった最大の原因である。

 火星人が地球にやってきたとしよう。彼らに日蓮正宗と創価学会の違いを理解させることは可能だろうか? もっと広げてみよう。彼らが日本における各仏教教団の違いを理解できるだろうか? 私はキリスト教、イスラム教、日本仏教の違いすら理解できないものと考えている。「テキストに従う宗教」(啓典宗教)という重要な一致を除けば、瑣末な小数点以下の違いがあるだけだろう。

 因みに「S氏」で思いつく人物は二人いるが名前は挙げないでおく。