・「先輩からの手紙」に思うこと 1
・「先輩からの手紙」に思うこと 2
・「先輩からの手紙」に思うこと 3
・「先輩からの手紙」に思うこと 4
・「先輩からの手紙」に思うこと 5
・「先輩からの手紙」に思うこと 6
・「先輩からの手紙」に思うこと 7
・「先輩からの手紙」に思うこと 8
・「先輩からの手紙」に思うこと 9
・「先輩からの手紙」に思うこと 10
貴君の指摘されるように、脳科学、心理学は極めて有効だと思います。それ等の他にも、生物学の分野の最近の展開には目を見張るものがあります。(以下略)
手紙の先輩が亡くなったのは1998年。私が初めてパソコンを買った年だ。この部分の記述は今となっては古い。1990年にパソコンが普及しはじめ、科学という科学が大股で前進した。21世紀に入ると出版界ではポピュラー・サイエンスが花開く。この流れはとどまることを知らず、現在においても加速している。
脳科学は自由意思の問題に迫り、認知科学はバイアス(知覚の歪み)を明らかにし、社会心理学は権威に従うメカニズムを解き、行動経済学は人々の選択肢を操作可能なものへと変えた。ゲーデルの不完全性定理は神の絶対性を揺るがせ、ハイゼンベルクの不確定性原理が神の干渉を斥(しりぞ)ける。E=mc²の美しい数式で知られる相対性理論はアインシュタインの思惑を超えて宇宙が加速しながら膨張している事実を示した。アインシュタインは宇宙定数を付け加えることで静的宇宙の記述を試みたが、後に「生涯最大の過ちだった」と述べている。ところがこの宇宙定数がアインシュタインの死後、ダークエネルギーを証明するのに不可欠となるのである。またアインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言って量子力学を忌み嫌った。しかしミクロ世界は確率としてしか捉えることができない。量子もつれは時間をも超越する。存在は非局所性となって宇宙に溶けだす。
現在では、「生物学」よりも進化科学が進んでおり、「免疫学」は多田富雄で止まっているような感を受ける。これまた進化医学の方が面白い。「サル学」は立花隆の著作タイトル(『サル学の現在』)で、霊長類学を学ぶのであればフランス・ドゥ・ヴァールの方がよいと思う。河合隼雄については宮崎哲弥が「日本におけるスピリチュアリズムのドン(首領)」と指弾している。河合が研究したユング自身も問題を抱える人物であった。柳沢桂子の著作は多田富雄との往復書簡しか読んでいないためわからず。あまり読む気もしない。トランスパーソナル心理学はニューエイジ思想の影響が濃厚で学問たり得ない。
西洋の学問で目立つのは脱キリスト教という方向性は正しいのだが、結果的にスピリチュアリズムというものが多い。ここをきちんと見分けないと、元々アニミズム志向の強い日本人はあっさりと受け入れてしまうことだろう。最低でも「WIRED」で紹介される毛色の変わったデタラメな記事の非科学性を見抜ける程度の知識は必要だ。