・半世紀を経ても変わらぬ伝統
・『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也
なぜここまで熱くなれるのかというほどのストレートな情熱だった。はじめのうちざわついていた100人以上の高校生たちは静まりかえった。
「井上靖(やすし)さんの『北の海』という自伝小説があります。これは、ぜひみなさんに読んでほしい本です。戦前の高専柔道の姿がリアルに描かれています。そのなかに大天井(おおてんじょう)という名前の豪傑の浪人生が出てきますが、その大天井のモデルになったのが、いま名大の師範をしてくださっている小坂光之助(こさかみつのすけ)先生です」
主将が紹介すると、隣に座っていた肩幅の広い老人が立ち上がって頭を下げた。
君たちは、今日、名大生に寝技に持ち込まれて歯が立たなかったでしょう。何もできなかったでしょう。でも実はうちの部員の何割かは大学から柔道を始めた選手です。君たちも数年間この道場で寝技の猛練習に耐えれば、ああいった寝技を身に付けることができます。それが七帝(ななてい)柔道です――。
【『七帝柔道記』増田俊也〈ますだ・としなり〉(角川書店、2013年/角川文庫、2017年)】
実は本書で『北の海』を知った。柔道には全く興味がなかったが、それでも読まずにいられない迫力に満ちている。私は中学で野球をしており、2年でレギュラーとなり3年で4番打者を務め、札幌で優勝した。高校ではバレーボールをやり、元国体選手のOBから「あと10cm身長があったら天下を取れる」と言われた。そこそこ努力してきたつもりであった。ところが本書を読んでそんな思いは吹っ飛んだ。努力の次元が違う。自衛隊でもこれほどの訓練はしていないだろう。もはや苦行のレベルである。部員勧誘のオルグ活動にあざとさがないのは、ひたすら勝つことを目指す純粋な思いに駆られているためだ。増田が進学した北大は勝てなかった。最下位から抜け出ることもできなかった。それでも汗まみれ、涙まみれの青春が美しい。七帝柔道は講道館柔道のようなスポーツではない。試合では事もなげに相手の腕を折る。
七帝柔道記 (角川文庫)
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増田 俊也
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