「アハハハ」
とお医者さんは笑う。私も笑う。
「あなたはいつも気持が明るい人だからいいですな」
「アハハハ」
とまた私は笑う。この笑いに籠(こも)るいうにいえぬ悲哀を誰が知る。
今は死への序曲なのである。
若者は夢と未来に向って前進する。
老人の前進は死に向う。
同い年の友達との無駄話の中で、我々の夢は何だろうということになった。
「私の夢はね、ポックリ死ぬこと」
と友人はいった。
【『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子(小学館、2018年)】
2017年のベストセラー第1位である。既に128万部を突破しているそうだ。凄いね。佐藤愛子は佐藤紅緑〈さとう・こうろく〉の娘で、1969年に直木賞を受賞している。そして昭和40年代からの学会理解者でもある。明るく、さっぱりした性格の持ち主で、藤原ていと共に忘れ難い人物だ。