・「新しい歴史教科書をつくる会」の志
このほど西尾さんが、『国民の歴史』という【大きな】本をお書きになられました。それはボリュームや「部数が何十万部売れた」といった量的なインパクトの大きさだけではなく、日本人の知性や歴史への視線に与えた影響という点で、非常に大きなものがあったという意味です。(中略)
結局この本で何が一番「大きい」かというと、私は内容が突きつけているものだと思うのです。この本はいくつかのテーマをを合わせたテーマ論集のようになっていますが、それぞれの論点をつなげると、一つの体系を持った日本文明論が見えるという、何よりも論としてのスケールの大きさを持っています。いい換えると、日本史をタテに貫く一つの大きな史観が、はっきりと提示されているのです。
こういう類の本は、戦後はおろか、戦前の史学書などを見ても、あまり例がないように思います。戦前にも日本文明論はいくつも出ていますが、概念的に書かれたものばかりです。とくに最近の研究成果や史観の変化という動向を踏まえつつ、多くの論点を併せ持ちながら、全体として独自の明確な史観をこれだけのスケールをもって展開した本は、ほかになかったと思います。(中西輝政)
【『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』西尾幹二、中西輝政(PHP研究所、2000年)】
『国民の歴史』に対して保守論客の第一人者である中西輝政が真っ先に反応した。実に清々(すがすが)しい態度である。専門家であればあるほど「生意気だ」とか「畑違いだ」といった安易な批判に陥りやすい。初めての対談でありながらも肝胆相照らす雰囲気が漂い、深い学識が通う。
日本近代史が見直されるきっかけとなったのは「新しい歴史教科書をつくる会」(1996年)の発足であった。当時は右翼学者の集まりだと多くの人々が思った。私もその一人である。何も考えずに軍国主義と結びつける声が目立った。西尾幹二は初代会長を務めた。
日蓮系と同様で正義を掲げる人々には分裂しやすい傾向がある。「つくる会」も例外ではない。小林よしのりや西部邁〈にしべ・すすむ〉が去り、そして西尾も去っていった。更には出来上がった教科書があろうことか谷沢永一〈たにざわ・えいいち〉にこき下ろされる始末であった。
有為転変はあったものの「つくる会」の志は確実に時代の新しい扉を開いた。戦後70年にもわたって続いた呪縛を解いた。正しい歴史認識で自虐史観の正体を暴いた。21世紀に入り顕著となったこの風潮が実は安倍政権を力強く支えている。
日本文明の主張―『国民の歴史』の衝撃
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