ある公明党の元代議士秘書は、創価学会の力学について、こう指摘した。
「維新の橋下、松井下ろしを画策したのは、東京・信濃町の創価学会本部だといわれています。その学会に力を貸したのが、菅義偉官房長官。水面下の動きは大阪ではなく、東京でおこなわれた」
政権ナンバーツーの官房長官と公明・創価学会が、いかにして大阪都構想の問題にかかわってきたのか。
「創価学会の中で、維新の橋下、松井と公明の北側、佐藤の選挙戦を最も心配したのが、学会本部の秋谷栄之助前会長と八尋頼雄、谷川佳樹、佐藤浩という三人の副会長ラインでした。
そのなかで、新たな永田町の担当者になった佐藤副会長が、菅官房長官に泣きついたといわれています。
【SAPIO 2015年7月号】
もはや創価学会に民主主義を語る資格はないといってよかろう。謀略が成功した事実によって、この四人組がポスト池田体制を牛耳ってゆくに違いない。