2014-11-13

教義変更の失敗

 阿部vs.池田紛争を経て創価学会は日蓮正宗と袂(たもと)を分かつ。創価学会は本尊授与を行うことができなくなった。その後、浄圓寺 (じょうえんじ)の日寛書写の本尊をコピーすることで本尊授与が復活した。当時、会長であった秋谷栄之助は「御本尊はみな同じであり、今までの(日達、日顕書写)御本尊に功徳があるのは当然である」旨を語った。ところが創価学会は新入会者に本尊が行き渡ると、阿部日顕書写の本尊を取り替えさせるという行為を組織的に遂行。数年後、秋谷は「日顕の本尊は謗法である」と前言を翻した。これが致命的な失敗であったことは言うまでもない。私は当時、「創価学会としての感情的な問題だ」と旧ブログに書いた覚えがある。もちろんそんな言い方で擁護できる問題ではない。

 ここには本尊開眼と同じ問題がある。「開眼前と開眼後に何が変わったのか?」と同じく「謗法でない時と謗法になった時と何が変わったのか?」というテーマだ。しかも謗法と言いながら、法基準ではなく組織権力が謗法の認定基準となっている。

 かつて創価学会はブッダをも否定していた。釈迦仏法を「古いカレンダー」と称し、現代に効力はないと言っていたのだ。白法隠没に対する誤解であったわけだが、学会員はものを考える力を奪われているため誰一人疑問に抱くことはなかった。

 また創価学会は五座三座の勤行を方便品・自我偈に省略した。これまた教義変更といってよい。多くの学会員は心ひそかに「ラッキー♪」と思った(笑)。私もその一人だ。柏原ヤスは言った。「池田先生は間違っている。戸田先生は五座三座は絶対だとおっしゃっていた。勤行を省略するなんてとんでもない」と。

 今回の教義変更は戸田門下生が絶滅したことを見計らった上での措置だろう。ま、あと30~40年もすれば池田門下生もいなくなる。その時どのような教義変更をするのかね?

「もうそろそろ、マスゲームの一員であることに喜びを覚えるのは卒業して、自分で何か表現したらどうだ?」と私は言いたい。