・「生涯に三度失脚し、三度復活した男」鄧小平
キッシンジャーはユダヤ系ドイツ人で、ナチの迫害を逃れてアメリカに移住し、大戦中に帰化しています。ドイツに残った親族は大勢ナチに殺されたといいます。だからキッシンジャーの思考の根底には、「ナチズムは敵であり、ナチと手を組んでいた軍国主義日本も敵だ」という信念があります。
【『「米中激突」の地政学』茂木誠〈もぎ・まこと〉(ワック、2020年)以下同】
こうしたバックグラウンドがあったからこそ毛沢東や周恩来と渡り合うことができたのだろう。歴史の荒波を経験した政治家は強い。
周恩来はキッシンジャーとの会談で、「日米安保は中国を敵視するものだ」と、懸念を表明します。それに対してキッシンジャーは、「日本の軍国主義化を抑えるために、米軍が駐留する必要がある」という論法で日米安保を正当化し、周恩来を説得しました。これが有名な「ビンのふた」論です。日本軍国主義というサイダーが吹き出さないように、在日米軍がふたの役割をしているのだ、という論法です。「ビンのふた」論は中国を説得するための方便ではなく、キッシンジャーの本心だったと私は思います。
キッシンジャーの忍者外交(1971年)は功を奏したが、米中よりも先んじて日本が中国と国交を回復してしまった。これに激怒したキッシンジャーが田中角栄を失脚させたのがロッキード事件(1976年)である。キッシンジャーと池田の会談は1975年。もともとキッシンジャーはロックフェラー家の若頭的存在で、外交問題評議会(FCR)を通じて現在も尚、隠然たる影響力を行使している。先の大統領選挙では当初トランプを支持していたが、後に両建てでどちらが勝ってもいいように画策していた。両建てはユダヤ人の得意技である。
アメリカにはイスラエルと同程度のユダヤ人が暮らしている(500万人強)。ニューヨークはジューヨークと呼ばれるほどユダヤ人が多い。金融・メディアはユダヤ系資本がほぼ独占している。そのユダヤシンジケートを牛耳っていたのがキッシンジャーであった。彼に渡りをつけておかなければアメリカに参入することはできないとまで言われていた。
田中角栄が葬られたのに、なぜ池田大作は葬られなかったのか。キッシンジャーからすれば、まだまだ利用価値があったということなのだろう。そして周恩来もまた創価学会を利用するのである。
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