・『国家の品格』藤原正彦
「日本人はとにかく長いものに巻かれる。(中略)戦争中も多くの人はそうだったんだと思うのです。ずるずると流され、ついに国が亡んだ」(中略)
三四郎に、髭の男は言った。
「亡びるね」
【『週刊金曜日』1123号 編集後記 2017年02月10日】
意図的に中略したのは攻撃対象である。フム、政治的に正しい主張(ポリティカル・コレクトネス)だ。しかも弱者に寄り添っている。完璧だ。この短い文章には巧妙な仕掛けがある。発言の女性が創価学会員とは書かれていない。そして公明党に対する懸念を表明しつつ、結論を名作に語らせる。ハハハ、薄汚い手口だね。
上記発言は創価学会員が語っても共産党員が語ってもおかしくない。戦時中の弾圧を思えば。そして戦後教育に無自覚である人々にとっては受け入れやすい言論だろう。小説『人間革命』も同じモチーフ(主題)で書かれている。
「長いものに巻かれる」のは悪という思い込みが瞳を曇らせる。そして価値観が狂い、判断を誤るのだ。私もかつてはそうだった。青年部時代には「さらば大樹の陰」というスローガンを作ったことがあったよ。農耕という営みを思えば「長いものには巻かれよ」という言葉がある種の知恵であることが理解できる。時季折々の手順、水の共有、農機具の貸し借り、はたまた小口の融資などを行うのが「村」というコミュニティであった。当然ではあるがルールに従わない者は弾き出される。とはいうものの日本人は白人のように残酷ではないから完全には排除しない。たとえ村八分になったとしても火事と葬式に関しては村で面倒をみるのだ。村十分でないことは注目に値する。
農耕社会にあっては長いものに巻かれた方が遺伝子を後世に伝えられる。この戦略を否定するのであれば、結婚の際に相手の容姿や頭脳、職業や資産を考慮することも否定しなければならない。もちろん健康状態もだ。
GHQが主導した戦後教育には日本の近代史がすっぽりと抜け落ちている。大東亜戦争を境に伝統は断ち切られ、過去は完全に否定された。日本人がようやく歴史を見つめ直したのは1990年代からで、中国・韓国の反日行動がきっかけとなった。
1990年代まで日本における知識人とは左翼を意味した。この国のポリティカル・コレクトネスとは東京裁判史観に他ならなかった。その潮目を変えたのは小林よしのり作『戦争論』(1998年刊)と『天皇論』(2009年刊)である。リベラルオタクを代表する宮台真司と宮崎哲弥が絶賛した。
— 小野不一 (@fuitsuono) 2017年2月2日
明治の日本は不平等条約に苦しんだ。日露戦争は有色人種が初めて白人を敗北させた壮挙であった。そして三国干渉以降、日本国民は臥薪嘗胆(がしんしょうたん)を合言葉に復讐の機会を待つ。日本は国際連盟の常任理事国であったが満州事変を否定されて脱退する。帰国した松岡洋右全権を国民は歓呼の声で迎えた。このような歴史的経緯を振り返れば、とてもじゃないが「ずるずると流され、ついに国が亡んだ」とは考えにくい。
創価学会や共産党が信用ならないのは「誘導する言論」に原因がある。自分たちは正しい、自分たちは答えを知っている、との姿勢から発せられる言葉は対話ではない。相手をコントロールしようとするだけの詐術であろう。そして世間の価値観を否定した革命勢力が自分たちの権威に額(ぬか)づく姿は「別の長いものに巻かれている」だけのことである。所詮、徒党と言っておく。