学会婦人部の女性は憤る。「(天野さんの動向を)涙しながらツイッターなどで読んでいた。よもやそこまでしないだろうと思っていたが、公明党はそれをしていた。選挙は公明党に絶対入れない。それどころか、落選運動をする」と。
【田中龍作ジャーナル 2015年9月11日】
ほら。対応を誤るとこうなる。ま、三手詰めの問題だな。公明党本部は三手先まで読めないわけだよ。
学会婦人部の女性は憤る。「(天野さんの動向を)涙しながらツイッターなどで読んでいた。よもやそこまでしないだろうと思っていたが、公明党はそれをしていた。選挙は公明党に絶対入れない。それどころか、落選運動をする」と。
【田中龍作ジャーナル 2015年9月11日】
七八〇 あるひとびとは議論しているあいだに、激昂(げきこう)し憎悪の心をむき出しにしてやっているということも、よく知られているし、あるいはまた、これこそが真理だと確執した心で議論していることも、よく知られている。ところがしかし、沈黙の聖者は、論争の場面が発生したときにも、論争にかかわりあうことがない。だからこそ沈黙の聖者は、いかなる点においても不毛なるところがない。
七八一 というのは、〔こうだと考える宗教的ドグマに〕ひかれる関心に引きずられて、自分が好きなようにドグマを固定化して固執し、自分の信念だけにおいて真理だと信ずることを主張してやまないひとが、どうして自分の抱懐するドグマをふみ越えることができようか。そのようなドグマを認識しておればこそ、そのようなドグマを主張することは当然のことであるからである。
【『スッタニパータ〔釈尊のことば〕全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳(講談社学術文庫、2015年/講談社、1986年『原始仏典 第七巻』「ブッダの詩 I」より「スッタニパータ(釈尊のことば)」を文庫化)】
七八〇 実に悪意をもって(他人)を誹(そし)る人々もいる。また他人から聞いたことを真実だと思って(他人を)誹る人々もいる。誹ることばが起っても、聖者はそれに近づかない。だから聖者は何事についても心の荒(すさ)むことがない。
七八一 欲にひかれ、好みにとらわれている人は、どうして自分の偏見を超えることができるだろうか。かれは、みずから完全であると思いなしている。かれは知るにまかせて語るであろう。
【『ブッダのことば スッタニパータ』中村元〈なかむら・はじめ〉訳(岩波文庫、1984年/岩波ワイド文庫、1991年)】
コスイギン「あなたの根本の思想は何ですか」
池田「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です」
コスイギン「この原則を高く評価します。この思想を私たちソ連も実現すべきです」(モスクワ、1974年)
党の対応も、学会の対応も、残念なことだらけ。以前の組織で共に仏法を学んだ壮年からメールが。その後、電話でお話ししました。どうやら私は「共産党とマスコミに担がれて英雄気取り」になってるようです。悲しすぎます。好きでやってんじゃないよ。 pic.twitter.com/Es44zrs7vM
— ひとりの学会員 (@amachin888) 2015, 9月 10
@amachin888 友人から学会入会を勧められていますが、学会は冷たい所なんですね。
— totisita (@totikatu) 2015, 9月 10
せめて玄関まで出て来て、顔を合わせて対話してくれてもよかったんじゃないの。 - ガラガラポン日記 http://t.co/USqcj46nCS
『貞観政要』~「「諍臣(そうしん)は必ずその漸(ぜん)を諫む」」
— えぞしろくま (@ezosirokuma) 2015, 9月 9
公明党の対応は冷ややかだった。警備員が玄関前に立ちはだかり、「アポがなければお通しできません」と告げた。
天野さんは事前に連絡していた公明党の職員に、その場から電話をかけたが、職員の対応は不誠実極まりなかった。
「署名を渡したい」とする天野さんに対してコジマと名乗る公明党の男性職員は「警備員に渡して下さい。それがイヤならお帰り下さい」と突っぱねた。
【田中龍作ジャーナル 2015年9月8日】