2015-09-06

創価学会が更なる教義変更の可能性を示唆

【※記事見出しを変えた。断定調から緩やかに(笑)】

 日蓮本仏論を捨てて釈迦本仏論に変更する予定であることが「2015年度の日本宗教学会第74回学術大会」で発表された模様。詳細は不明。知ってる人がいたら教えて。

パネル 日蓮研究の現状と課題 代表者:小林正博
14:00–15:40 日蓮文書のデジタル化―日蓮諸教団共有の聖典づくりのために― 小林正博 東洋哲学研究所
日蓮の「三大秘法」思想について 前川健一 東洋哲学研究所
日蓮正宗教学の特質―正信会と創価学会の新教学創作の試み―花野充道 法華仏教研究会
学問的研究と教団の教義―創価学会の場合―宮田幸一 創価大
司会:前川健一 東洋哲学研究所

 ま、路線としては正しいのだが、急ハンドル過ぎてついてゆけない会員が続出することだろう。っていうか、「三代会長は永遠の師匠」ってのも、これで完全に「支障」と帰した。学会内部で二・二六事件が起こるかもね。さて、本尊はどうするのか? 今回の合理的な判断は必ず裏目に出ることだろう。

 宮田サイトへのアップを望む。


超重要! 投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2015年 9月 6日(日)15時26分42秒 編集済

【緊急報告!!!】
昨日、創価大学で開催された「日本宗教学会 第74回学術大会」において、耳を疑う驚きの発表がなされた。
創価大学より代表として登壇した宮田幸一教授は、今回の学会の教義会則変更についての経緯を説明した上で、将来の計画として、創価学会は日蓮本仏論を捨て、釈迦本仏論に変更する準備をしていると発表した。
また、会合終了後の懇親会には宮田教授とともに原田会長、谷川事務総長らも参加し他門の学者等と和やかに懇談した。
発表の詳細は後日報告いたします。



宮田教授発言  投稿者:参加者 投稿日:2015年 9月 6日(日)17時27分25秒 編集済

宮田教授の発言は、あくまで研究者としての個人的な考えで、
可能性の一つとして有り得るとの見解でした。
又、可能性の全てを話していません。
しかも無理やりに振られた質問への答えでした。
研究結果(結論や主張)としての考えでは無いと受け止めました。

確かに教学部では頼りないので、東洋哲学研究所や宮田教授のような研究者に依存する事になるのでしょうが、昨年見切り発車して、中途半端な説明までやらかして、既に行き詰ってしまってからでは、論理的整合性をとるのが至難の業でしょう。
普通の研究者なら断るところでしょうが、さてどの様に進めるのでしょう。
宗教界の王者創価学会が宗教界から笑いものになるような事があってはなりません。

研究者の皆様、是非フィールドのプレーヤーにも話を聞いてみてください。

 以上は「宿坊の掲示板」より転載。

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2015-09-04

公明党・創価学会を揺さぶる 池田大作名誉会長のメッセージ

「憲法9条の平和主義と専守防衛を踏まえた閣議決定に基づく法案の審議が、現在、進められているものと認識しています。その点の理解が進まず、反対されているのであれば残念です。当会の三色旗などが政治的に利用されるのは遺憾です」(広報室)

日刊ゲンダイ 2015年9月3日

 見出しに難あり。創価学会広報室は「旗を下げろ」と言いたいようだ。そのうち箸の上げ下げにまで口を出すようになるかもね(笑)。散々、会員を「政治的に利用」してきた輩の妄言か。三色旗が踏みにじられ、燃やされる日もそう遠くはないことだろう。安保法案反対者は財務の金額で意志を示せ。

2015-09-02

戦争法案を廃案に!大阪集会に2万5千人~創価学会員も「廃案目指す」

 辻元議員は「学会員のスピーチが一番拍手が大きかった」と述べているが、これは私も現場にいたから間違いない。(レイバーネット 2015年8月31日

2015-09-01

争いの絶えない狂った世界

 ・争いの絶えない狂った世界

警告

 世界で、何が起こっているか知っているだろうか。現在のいろいろな出来事を、気をつけて調べてみなさい。戦争や反乱が次次に起こり、国と国とがお互いに対立しあっている。この国にも、差別や分裂があり、人口は増加の一途をたどり、貧しさ、不潔さ、そして完全な無感覚と冷淡さがはびこっている。自分が安全ならば、ひとに何が起ころうといっこうに気にしない。そして、君たちは、こういうことがすべてに合わせていけるよう教育されているのだ。世界が狂っているということ──お互いに争い、けんかし、いじめ、おどし、苦しめ、攻撃しあうということすべては、狂気なのだということが、わかっているだろうか。で、君たちは、それに合わせていけるように成長するというわけだ。それは、正しいことなのだろうか。社会と呼ばれるこの狂った仕組みに、君たちが進んで、あるいはいやいやでも適応するようにすること、それが教育の目標なのだろうか。それから、世界中の宗教に何が起こっているか、知っているだろうか。この分野でも、人間は腐っていこうとしているし、誰も何一つ信じてはいないのだ。人間は、何の信仰も持ってはいないし、宗教とは単なる大がかりな宣伝の成果にすぎなくなっている。

【『英知の教育』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1988年)】

 簡単なことを一つ教えて進ぜよう。「創価学会に入ることは“争いに巻き込まれる”ことを意味する」。組織という組織は目的があって結成される。目的に向かって運動が始まり、運動には方針が不可欠である。そして政治に関与すればその時々(ときどき)の政策決定について賛否両論が生じることは避けられない。争え、争え。「我こそは正義」と旗を掲げながら。分裂し、滅ぶまで争うがいい。信仰はプロパガンダと化した。日蓮系教団が分裂の歴史を繰り返してきたのは日蓮のファナティックな正義感に由来する。他宗攻撃という刃(やいば)が味方に向かって振りかざされるためだ。公明党は政治的利害よりも宗教的利害に基く政党と考えてよい。いかなる理窟をつけようとも賛成と反対は利害を巡る攻防である。戦争と平和も利害によって選択されるのだ。人々の感情は進化的利害によって形成され、子孫の生存率が高まる可能性に賭けるのが生物に備わる本能なのだ。争いを拒否するなら、組織から離れ、自分からも離れるしかない。