なんだかんだ言っても創価学会の知性は侮れない。かつて私は『21世紀の宗教研究 脳科学・進化生物学と宗教学の接点』(2014年)という本を愚弄する際にこの論文を紹介した(宗教学者の不勉強/『21世紀の宗教研究 脳科学・進化生物学と宗教学の接点』井上順孝編、マイケル・ヴィツェル、長谷川眞理子、芦名定道)。
更にタイミングよく2年後には『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ)が刊行された。
中野論文の参考文献の殆どは私も読んでいるが、宗教と科学の間は科学からの進攻によって溶け合い、グラデーションを描く地続きの世界となって現れた。『サピエンス全史』を読めば明らかだがイスラエル人歴史学者が仏教学者以上に仏教を正確につかんでいる。
意外と見落とされがちな書籍を紹介しておく。リンクを貼るのが面倒なんで「必読書リスト その五」を参照してもらいたい。
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ→『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ→『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン→『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
この流れを押さえておかないと情報理論に跳ぶことが難しい。また、『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラーを読んでいても、『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェルに辿り着いている人は少ない。そこまで行くと『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャースまで見通せる。
「人類は鉄の発明によって定住と余暇を得た(鉄器が農耕の生産性を上げた)。そこでものを考える人々が登場した。イエスもお釈迦様も孔子も暇な人たちだった」とかつて武田邦彦が虎ノ門ニュースで語っていた。つまり時間的な余裕が「生と死を見つめる眼差し」を生んだのだ。人生の苦しみは病に象徴された。病めば死ぬという時代が長く続いた。そこで頼りになるのは自分と家族、そして宗教だけであった。第二次世界大戦後、工業国では陸続と病院が建設された(『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ、2016年)。僧侶や聖職者の代わりを医師が務めるようになった。患者は医師の言葉を信じて疑うことを知らない。ところがDNAの二重螺旋構造が発見され、21世紀前後から分子生物学が台頭する。それまでの医学が症状という仮諦から原因を探るのに対して、分子生物学は遺伝子という空諦(性分)から発症しやすい病気まで突き止めた。実際のところ人類の寿命が伸びた理由は医学の進歩よりも衛生概念の向上が大きく、幼児の死亡率が低下したことに起因する。
私が「物語」と呼び、バイロン・ケイティが「ストーリー」と表現したものを、ユヴァル・ノア・ハラリは「フィクション」と指摘した。そして「虚構を信じる力で人類は発展を遂げた」と断じる。
フィクションの最たるものは国家とマネー、そして宗教であろう。鎌倉時代が日本仏教の黄金期となったのも貨幣経済の発達(『詳説日本史研究』2008年)とは無縁でない。現代人は既に神仏よりもマネーの力を信じている。
ジュリアン・ジェインズは人類に意識が芽生えたのは3000年前と仮定している。それ以前は右脳が発する声を抑えることができなかった(統合失調症と同じ状態)。脳の左右が分離していたのだろう。ところが言葉(論理、物語)を通して脳は統一された。
『サピエンス全史』の直後に『台湾高砂族の音楽』(黒沢隆朝、1973年)を読んで驚愕した。「高砂族にはフィクションという概念がなかった」というのだ。本は読めば読むほどつながるものである。つまりコミュニティが部族から国家へと向かう中でフィクションは共有されるのだ。完全な封建制は世界でもイギリスと日本にしか存在しなかった(倉前盛通、1980年)。
卑近な例を示そう。ママゴトに興じている少女は多分フィクションを自覚していない。彼女は本気で「母親」になっている。演劇とは似て非なるものだろう。人類が言葉で歴史を綴った時、ほぼ同時に演劇も誕生したに違いない。日本では歌舞を神に奉納した(神楽→猿楽→能)。
ブッダやクリシュナムルティはこうした言葉の虚構性を打ち破ったわけだが、話が長くなってしまうので今日はこの辺で。
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