2015-09-01

争いの絶えない狂った世界

 世界で、何が起こっているか知っているだろうか。現在のいろいろな出来事を、気をつけて調べてみなさい。戦争や反乱が次次に起こり、国と国とがお互いに対立しあっている。この国にも、差別や分裂があり、人口は増加の一途をたどり、貧しさ、不潔さ、そして完全な無感覚と冷淡さがはびこっている。自分が安全ならば、ひとに何が起ころうといっこうに気にしない。そして、君たちは、こういうことがすべてに合わせていけるよう教育されているのだ。世界が狂っているということ──お互いに争い、けんかし、いじめ、おどし、苦しめ、攻撃しあうということすべては、狂気なのだということが、わかっているだろうか。で、君たちは、それに合わせていけるように成長するというわけだ。それは、正しいことなのだろうか。社会と呼ばれるこの狂った仕組みに、君たちが進んで、あるいはいやいやでも適応するようにすること、それが教育の目標なのだろうか。それから、世界中の宗教に何が起こっているか、知っているだろうか。この分野でも、人間は腐っていこうとしているし、誰も何一つ信じてはいないのだ。人間は、何の信仰も持ってはいないし、宗教とは単なる大がかりな宣伝の成果にすぎなくなっている。

【『英知の教育』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1988年)】

 簡単なことを一つ教えて進ぜよう。「創価学会に入ることは“争いに巻き込まれる”ことを意味する」。組織という組織は目的があって結成される。目的に向かって運動が始まり、運動には方針が不可欠である。そして政治に関与すればその時々(ときどき)の政策決定について賛否両論が生じることは避けられない。争え、争え。「我こそは正義」と旗を掲げながら。分裂し、滅ぶまで争うがいい。信仰はプロパガンダと化した。日蓮系教団が分裂の歴史を繰り返してきたのは日蓮のファナティックな正義感に由来する。他宗攻撃という刃(やいば)が味方に向かって振りかざされるためだ。公明党は政治的利害よりも宗教的利害に基く政党と考えてよい。いかなる理窟をつけようとも賛成と反対は利害を巡る攻防である。戦争と平和も利害によって選択されるのだ。人々の感情は進化的利害によって形成され、子孫の生存率が高まる可能性に賭けるのが生物に備わる本能なのだ。争いを拒否するなら、組織から離れ、自分からも離れるしかない。