公明党が党組織や支持母体の「創価学会」を根本から揺るがしかねないような決断を迫られたのは、今回が初めてではない。/【かすむ航路 公明党結党50年】(上-2)振り回され「便利政党」懸念+(1/3ページ) - MSN産経ニュース http://t.co/khK2wgTUx9
— 小野不一 (@fuitsuono) 2014, 4月 30
2014-04-30
かすむ航路 公明党結党50年(上)
2014-04-29
キリスト教を学ばずして科学史を理解することは不可能
キリスト教を学ばずして科学史を理解することは不可能だ。基本的な常識としてキリスト教の知識が求められる。
— 小野不一 (@fuitsuono) 2014, 4月 26
2014-04-28
「宗教の起源・再考―近年の進化生物学と脳科学の成果から―」中野毅
人類の遙かなる旅路1:昨年度の勉強の一つ。国際宗教研究所の機関紙『現代宗教2014』(電子版)に掲載されています。「宗教の起源・再考―近年の進化生物学と脳科学の成果から― 」ご笑覧・教示を
http://t.co/TxSvnjte1k
http://t.co/kEBHYg9s7H
— 中野毅 (@ts_nakano) 2014, 4月 27
@ts_nakano 個人的には『神はなぜいるのか?』パスカル・ボイヤーが最強でした→ http://t.co/Yr5YaUIcIv 『宗教を生みだす本能』ウェイドは「遺伝」の言葉づかいに危うい性質があります。
— 小野不一 (@fuitsuono) 2014, 4月 27
2014-04-27
「先輩からの手紙」に思うこと 3
・「先輩からの手紙」に思うこと 1
・「先輩からの手紙」に思うこと 2
・「先輩からの手紙」に思うこと 3
・「先輩からの手紙」に思うこと 4
・「先輩からの手紙」に思うこと 5
・「先輩からの手紙」に思うこと 6
・「先輩からの手紙」に思うこと 7
・「先輩からの手紙」に思うこと 8
・「先輩からの手紙」に思うこと 9
・「先輩からの手紙」に思うこと 10
「総合人間学の共通のテーマ」も今となっては古い。だが1998年に書かれた事実を思えば卓見といえよう。例えば(1)の「バーチャル性」という言葉の使い方が危うい。ま、当時の手垢(てあか)にまみれた言葉のひとつだ。現実とは外界における出来事を指すのではなく脳内――あるいは感覚器官――に存在するのだ。例えば電話は音声を電気信号に変換したものだが、誰もこれをバーチャルとは言わない。映画も本も音楽CDもバーチャルなものである。バーチャルリアリティ(仮想現実)から派生した言葉であるが、すべての情報は仮想性をはらんでいる。それをブッダは五蘊仮和合(ごうんけわごう)と示した。
赤い色が同じ赤に見えているかどうかは検証しようがないのだ。しかも認知そのものに常にバイアス(歪み)が掛かっている。我々が外界の情報を正確に受け取ることは不可能なのだ。目に映る世界はすべて過去のものだ。光速度の分だけ遅れがある上、人間の知覚が0.5秒遅れで機能するためだ。
「集団無意識や神話の及ぼす影響」に触れているのは鋭い。現在では集合的無意識の存在よりも、脳の推論システムに基づく論調が多い。個人的には推論というよりもアナロジー(類推)の方が相応しいと考える。
「一個の人間の脳の成熟をどう図っていくのか」――敢えて別の言い方をすれば「情報処理」の問題である。
さて、このように考え続けて、かなりの年月が経ちましたから、もはや学会とは、はるかに離れた地点にきてしまったのだと思います。聖教も大白も、友人宅や実家にたまに行ったときに眼にする位で十五年位は読んでいないのではないかと思います。
つまりこの先輩は細井vs.池田紛争の前後で犀の角のようにただ独り歩んでいたことになる。まったく恐るべき人物だ。見える人には見えるのだろうが、その高みに至る人は稀だ。
特にここ四、五年前から「創価学会運動の歴史的使命は終えた。人格の成熟という仏教本来の目指したものから論ずれば完全に道を外れてしまったし、どうやら始めから理解していなかったようだ」と思うようになって(後略)
阿部vs.池田紛争で完全に見切りをつけたということなのだろう。「創価学会運動」とは何か? 結果的に見れば「信仰をテコにした政治運動」であった。学会組織は人事を再重視するが、中堅幹部の人事が国政選挙に向けて組まれることからも明らかだ。大衆福祉、自民党のブレーキ役という点で公明党が一定の成果を上げたのは事実である。しかし国民の10%程度を公称会員数としている割には獲得議席が少なすぎる上、政治力がなさすぎる。やはり資金力の問題もあるのだろう。米国のユダヤロビーと比較すれば一目瞭然だ(※ユダヤ系アメリカ人を参照せよ)。
つまり創価学会は民衆を組織することには成功したが、政策実現には失敗したと私は考える。公明党が政権与党入りした大きな目的のひとつは国税庁対策であった。立党の精神は既に公明党議員の革靴の下で泥にまみれている。
もう一点だけ。私はブッダの教えの目的が人格成熟にあったとは考えない。徳や人格を重んじるのはソクラテスや儒家(じゅか)、ストア派の思想である。ブッダが説いたのは自由であった。それは欲望や自我や死からも解き放たれた真の自由であった。
2014-04-26
一分で読める内柴準強姦事件の隠された真実
一分で読める内柴準強姦事件の隠された真実|内柴正人無罪への道しるべ http://t.co/XVqLHUxlEH
— 小野不一 (@fuitsuono) 2014, 4月 24
2014-04-21
仁王経は偽経
『仁王経』については、(伝)鳩摩羅什訳そのものが(少なくともその一部が)、羅什訳でなく中国撰述の偽経である疑いが濃厚で…/課題2 中国唐代に活躍した密教僧を一人取り上げ、その僧の業績 http://t.co/Y73l0en8Lb
— 小野不一 (@fuitsuono) 2014, 4月 21
2014-04-20
中国でキリスト教信者が急増
中国でキリスト教信者が急増しており、今後15年以内に世界最多のキリスト教信者を抱える国家になると専門家が予測。英テレグラフ紙報道。 http://t.co/lU4IMwjCRe
— deepthroat (@gloomynews) 2014, 4月 19
2014-04-17
2014-04-16
善き教えはひとりでに広まっていく
「善き教えは、ひとりでに広まっていくものである。教団の拡大に明け暮れる宗教は貧しい。地上に跋扈する、これら貧しい宗教たちを私は軽蔑する。
森岡正博 (哲学者) 」http://t.co/kZdxuSBXBN
— 森岡正博 (@Sukuitohananika) April 15, 2014
2014-04-15
2014-04-14
障害者を狙う人々
利用されるのを人間関係とは言うなり。マルチ商法、健康食品、生命保険、そして宗教。/勘弁してくれちゃ!!><『1級身体障害者』になった私の元へやってきた”5人”の刺客 - だいちゃん.com http://t.co/URkym4tyUa
— 小野不一 (@fuitsuono) April 13, 2014
2014-04-13
2014-04-12
キリストの「妻」記述のパピルス片、ねつ造ではないと判明
吃驚仰天。/http://t.co/hxnc28KvHV : キリストの「妻」記述のパピルス片、ねつ造ではないと判明 http://t.co/X63jUhauRr
— 小野不一 (@fuitsuono) April 11, 2014
イエスがゲイだった、という記述が出てくると、もっと面白いのだが。
— 小野不一 (@fuitsuono) April 11, 2014
キリストとはメシア(救世主)の意で人名に非ず。先ほどの記事はイエスと表記すべきだ。
— 小野不一 (@fuitsuono) April 11, 2014
日本社会は単線社会
システムが強いときは、強い立場にいられるけれど、そのシステムから放り出されたら、価値がなくなる。それはつまり、システムに徹底的に依存しているということです。/日本人が満員電車を我慢できたわけ:日経ビジネスオンライン http://t.co/ZI6mRiOwMm
— こかっぺ (@Initial__s) April 11, 2014
"日本社会は会社で金儲けの道しかない単線社会だ、宗教や個人の友人関係といった別の心のよりどころが存在しにくい、だから、会社社会がゆらぐと、個々の日本人も揺らいでしまうんだ"(上田紀行) http://t.co/CngUflg12m
— 小野不一 (@fuitsuono) April 11, 2014
同じ単線でも、引き返す線があれば救いもあるのだが。進まざるは退転の線に乗ってちまうと鬱まっしぐら。
— タカシ (@taka0316y7) April 11, 2014
創価学会の場合は成果主義という別の単線を敷いただけで、複線というよりは地下鉄みたいな代物だ。ノルマを果たすことのできない会員が精神疾患となるケースが多い。共産党員の場合はどうなのだろう?
映画『アクト・オブ・キリング』
「当時日本の佐藤首相はポケットマネー600万円を、殺戮を繰り返していた人に資金として与えていた」─映画『アクト・オブ・キリング』デヴィ夫人によるトーク全文 - webDICE http://t.co/UQStQQ0Tex
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
"この斉藤鎮男大使というのは、その当時のアメリカ大使と非常に親しくしておりました。このアメリカの大使は赴任する先々で内乱がおきたり、クーデターがおきたりする方で有名な大使だったんです。" http://t.co/UQStQQ0Tex
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
"もう村から村へと、総なめに殺害されていました。その時にあれだけの人間が殺害されていたのに国連が全然動かなかったんです。国連は完全にアメリカの影響下にあったということがこれでよく分かると思うんですけれども、" http://t.co/UQStQQ0Tex
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
・東京新聞:虐殺、実行者が実演 インドネシア題材 映画「アクト・オブ・キリング」
2014-04-11
2014-04-10
「STAP細胞」の特許出願、小保方晴子は筆頭発明者ではなかった
理研側はおぼかたさんは「未熟だった」で済まそうとしているみたいなのだけど、そういう人をユニット・リーダーに抜擢した任命責任が明らかにされていないように思う。/理研CDBの騒動について http://t.co/uS1aFm2iJ3
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
記事には「小保方博士の特許出願」とあるけれども、筆頭発明者は小保方氏ではなく、チャールズ・バカンティ氏だ/「STAP細胞」の特許出願、小保方晴子は筆頭発明者ではなかった - kojitakenの日記 http://t.co/YYa5en1gzE
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
"つまり、理研は「STAP細胞」発見をハーバード大から剽窃しようとして失敗したというのがことの本質ではないかと私は疑っている。" http://t.co/YYa5en1gzE
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
小保方さんの魔女裁判に加担しない唯一の方法。#今日テレビを見ない こと(神田 敏晶) - 個人 - Yahoo!ニュース http://t.co/6V0X6VlnOO
— 小野不一 (@fuitsuono) April 9, 2014
あらゆる組織が人間を手段として扱う。
2014-04-09
2014-04-08
回路を開く
「あれ?」と思考がゆらぐ情報に出合うことは少なくない。しかし往々にして回路を閉じてしまう人が多い。つまり自我がゆらぐのだ。居心地のいい現状にしがみついて自分のポジションを守ろうとする。こうして情報は遮断され、自分の間口に合った情報しか入らなくなる。回路を開けば次々と変われるのに。
— 小野不一 (@fuitsuono) 2010, 10月 19
2014-04-07
2014-04-06
ルワンダ大虐殺
エホバの証人であったフツ族がツチ族を助けたという。ルワンダには創価学会員がいたことは確認しているが詳細はSGIの事務局も「知らない」と答えた。白人の司祭は真っ先に国外へ逃げ去った。フツ族の司祭はツチ族の少女を次々と強姦した。もちろん教会の中でだ。物語としてはエホバの証人に軍配が上がりそうだ。
ルワンダは見事に復興を遂げた。だが周辺国ではいまだにその余波が暗い影を落としている。ルワンダを忘れるな。
田原総一朗
2014-04-05
殺人を奨励する日蓮
外典に云く 未萠をしるを聖人という。内典に云く 三世を知るを聖人という。余に三度のかうみやう(高名)あり。一には去し文応元年[太歳庚申]七月十六日に立正安国論を最明寺殿に奏したてまつりし時、宿谷の入道に向て云く 禅宗と念仏宗とを失ひ給ふべしと申させ給へ。此の事を御用ひなきならば、此の一門より事おこりて他国にせめられさせ給ふべし。二には去し文永八年九月十二日申の時に平左衛門尉に向て云く 日蓮は日本国の棟梁也。予を失ふは日本国の柱橦を倒すなり只今に自界反逆難とてどしうちして、他国侵逼難とて此の国の人々他国に打ち殺さるのみならず、多くいけどりにせらるべし。建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて、彼等が頚をゆひのはまにて切らずは、日本国必ずほろぶべしと申し候ひ了んぬ。第三には去年[文永十一年]四月八日左衛門尉に語て云く 王地に生まれたれば身をば随へられたてまつるやうなりとも、心をば随へられたてまつるべからず。念仏の無間獄、禅の天魔の所為なる事は疑ひなし。殊に真言宗が此の国土の大なるわざわひにては候なり。大蒙古国を調伏せん事真言師には仰せ付けらるべからず。若し大事を真言師調伏するならば、いよいよいそいで此の国ほろぶべしと申せしかば、頼綱問て云く いつごろ(何頃)かよせ候べき。日蓮言く 経文にはいつとはみへ候はねども、天の御けしきいかりすくなからずきうに見へて候。よも今年はすごし候はじと語りたりき。[p1053-1054]
此の三つの大事は日蓮が申したるにはあらず。只偏に釈迦如来の御神我が身に入りかわせ給ひけるにや。我が身ながらも悦び身にあまる。法華経の一念三千と申す大事の法門はこれなり。経に云く_所謂諸法如是相と申すは何事ぞ。十如是の始めの相如是が第一の大事にて候へば、仏は世にいでさせ給ふ。 ̄智人は起をしる、蛇みずから蛇をしるとはこれなり。衆流あつまりて大海となる。微塵つもりて須弥山となれり。日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一・一微塵のごとし。法華経を二人・三人・十人・百千万億人唱え伝うるほどならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるべし。仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ。
撰時抄 建治元年(1275.06) [p1003]
釈子 日蓮述
【ページ数はそのままとした。 日蓮聖人御遺文「真蹟遺文」を参照】
・創価学会版撰時抄講義:第32章 聖人たるを広く釈す
日蓮といえども鎌倉時代の人物であった。「建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて、彼等が頚をゆひのはまにて切らずは、日本国必ずほろぶべし」と平頼綱に進言した事実が書かれている。
日蓮は竜の口で処刑されそうになったその日に頼綱宛の書状をしたためている(「一昨日御書」真蹟なし)。そこでは「一昨日見参に罷入(まかりいり)候の条悦び入り候」と前々日の頼綱との会談を喜び、「抑(そもそも)貴辺は当時天下の棟梁なり何ぞ国中の良材を損せんや、早く賢慮を回(めぐ)らして須く異敵を退くべし」と結ぶ。頼綱は鎌倉軍事政権の警察庁長官のような立場であった。撰時抄と「棟梁」の言葉がダブっているのが目を引く。
当時の法意識(律令制度)からすれば日蓮の言動はさほど過激なものではなかったことだろう。ただし二日後に自分の頸(くび)が斬られそうになったわけだから頼綱との会談に迎合の匂いは嗅ぎ取れない。しかも日蓮にはその覚悟があった節も窺える。
だが21世紀にこの文章を読むとどうか? 日蓮は元寇を予言したものの、明治期以降の時代には思いが届かなかったようである。その意味からいえば殺人を奨励し、処刑を促す日蓮に「釈子」(釈迦の弟子)たる資格はないと思われる。大衆部(だいしゅぶ)の毒が露見したようなテキストである。
布教の奨励は必ずプロパガンダとなる。日蓮の終生はあまりにも政治的だ。しかも結果的には摩擦や軋轢(あつれき)を生んだだけで功を奏したとは言い難い。言論の自由にはもちろん布教の自由も含まれる。ただ往々にして布教は他人の「沈黙の自由」を犯す場合が多い。
日蓮系教団の数は多いが、トップ同士が公場対決する教団は見当たらない。言っていることとやっていることが全然違う。
・立正安国論に見る日蓮のカルト性
・立正安国論要約(by freeさん)
宗教界における革新統一戦線
ここ数年の宗教界における革新統一戦線は目覚ましいようだね。神道と創価学会を除くすべての宗教が革新の側にいるんじゃないかと思う。日本のカトリックに関しては、日本に3人いる大司教が全員、赤旗に記事を書いたり、日本共産党中央委員会出版局から出た書籍に登場したりとかして、びっくりした。
— 佐々木史乃 (@ShinoSasaki18) 2014, 4月 5
小林秀雄「信ずるという力を失うと人間は責任を取らなくなる」
私は小林秀雄が大嫌いだが、この講演は50回ほど聴いている。茂木も書いているが古今亭志ん生そっくりの語り口だ。学生の聴衆を前にして冒頭で小林は超能力者ユリ・ゲラーについて語り始める。そこで「クリシナムルテ」とクリシュナムルティの名を挙げているが、これは神秘時代の話。小林の学生時代からの盟友であった今日出海〈こん・ひでみ〉(今東光の弟)の父・今武平〈こん・ぶへい〉が神智学協会の会員であり、クリシュナムルティの最初の日本語訳を著している(『阿羅漢道』クリシナムルテ:今武平訳、文党社、 1925年/後に田中恵美子が新訳で発行『大師のみ足のもとに/道の光』)。
・小林秀雄「池田大作さんには政治家肌というところがあるな」
2014-04-04
信仰熱心な者
自らの人生すべてを宗教に献げることは、表面的には信仰深く幸せそうに見えるかもしれないが、実際には自分の生の有り様を他人に依存し、自立した人間として生きることから逃げているに過ぎないという場合も少なくない。信仰熱心な者となることを自らに課す人は、宗教指導者や組織の言いなりになってしまいがちである。それは決してその人に与えられた〈いのち〉を生きているとはいえず、むしろそれを失っているのである。
【『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』上村静〈うえむら・しずか〉(岩波書店、2008年)】
「信仰熱心な者」は必ず理性から遠ざかってゆく。信仰に限らず過剰な熱狂は自己の空白を埋める行為であることが多い。
2014-04-03
創価学会らが落札
【建通新聞 2014年4月2日】
2014-04-02
2014-04-01
教育者がどんな時でも死守しなければならないこと・・STAPと教育
それは「教え子の名誉」だ。教育の責任はすべて教師にある。教えを受けた子供にはない。/武田邦彦(中部大学): 教育者がどんな時でも死守しなければならないこと・・STAPと教育 http://t.co/bMcSyKhG55
— 小野不一 (@fuitsuono) 2014, 3月 31