2013-05-28

模倣は一つの形の盗みです


 心がわだちや型の中に自分を確立するとき、安心したいという欲望にいつも促されていることに気づいたことはないですか。だから、理想や手本や導師(グル)に従うわけです。安心し、動揺せずにいたい。したがって模倣します。君たちは、歴史の本で偉大な指導者や聖人、武将について読むとき、自分が彼らを真似したがっていることに気づきませんか。世界には偉大な人々がいないということではありませんが、本能は偉大な人々を模倣し、彼らのようになろうとするものです。そのとき、心は型にはまってしまうから、これが(心の)衰退の要因の一つです。そのうえ、社会は、機敏で鋭く、革命的な個人を求めません。なぜならそのような個人は、確立した社会の型にはまろうとしないし、それを壊してしまうかもしれないからです。そのため、社会は君の心を自らの型の中にとどめようとし、いわゆる教育は、模倣し、従い、順応するようにと励ますわけです。
 そこで、心は模倣をやめられますか。つまり、習慣を形づくることをやめられますか。そして、心はすでに習慣に囚われていますが、習慣から自由になれるでしょうか。
 心は習慣の成果でしょう。それは伝統の成果、時間の成果です――時間とは反復、過去の継続です。そして、心、【君】の心は、あったものと、あるであろうもの――これは本当はあったものの投影なのですが――この見地から考えるのをやめられるでしょうか。君の心は、習慣と習慣を生み出すことから自由になれるでしょうか。この問題にとても深く立ち入るならば、なれることに気づくでしょう。そして、新しい型や習慣を作らず、模倣のわだちに二度と陥ることなく心が新たになるとき、それははつらつとして、若く、無垢なままなのです。したがって、無限の理解力があるのです。もはや蓄積の過程がないために、このような心には死がありません。習慣や模倣を生み出すのは蓄積の過程です。そして、蓄積する心には、衰退と死があります。しかし、蓄積しておらず、蓄えていない、毎日刻々と死んでいる心――そのような心には死がありません。それは無限の空間の状態にあるのです。
 それで、心は蓄えてきたすべてのもの――すべての習慣、模倣した美徳、安心を得るために頼ってきたすべてのものに対して、死ななくてはなりません。そのときには、もはや自分の思考に網に囚われていないのです。過去に対して刻々と死ぬとき、心ははつらつとします。したがって、決して衰退したり、闇のうねりを作動させることがないのです。

【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】

子供たちとの対話―考えてごらん (mind books)

模倣
善性は自由の中でのみ開花する
教育の機能 5