2013-04-02

マントラ、儀式、経典、偶像の中に宗教は存在しない

 宗教とは何か、知っていますか。それは詠唱の中にはありません。礼拝(プージャ)や他のどんな儀式を執り行うところにもありません。ブリキの神さまや石像の崇拝の中にもありません。寺院や教会の中にもありません。バイブルやギーターを読むところにもありません。尊い御名を反復したり、人間の考案した何か他の迷信に倣(なら)うところにもありません。これらは何ひとつ、宗教ではないのです。
 宗教とは善の感情、河のように生きていて永久(とわ)に動いている愛なのです。その状態で、君はもはやまったく探究のない瞬間が来ることに気づくでしょう。そして、この探究の終わりこそが、まったく違う何かの始まりです。神や真理や完全な善の感情の探究――善や謙虚さの涵養ではなく、心の考案したものや企(たくら)みを超える何かを探し出すこと、それは、その何かへの感情を持ち、それに生き、それであるということですが――【それ】こそが真の宗教です。しかし、それは、自分で掘った水溜りを離れ、生の河に出ていくときにだけ、できるでしょう。そのとき、生は驚くような仕方で君の世話をしてくれます。なぜなら、そのときには、君の方で世話することはないからです。君は生そのものの一部ですから、生は君をいたるところに運びます。そのときそこには、安全や、人々が言ったり言わなかったりすることの問題はなく、それが生の美しさです。

【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】

子供たちとの対話―考えてごらん (mind books)

『バガヴァッド・ギーター』と「生死一大事血脈抄」
クリシュナムルティ